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最高裁判所第三小法廷 昭和30年(オ)432号 判決 1959年6月09日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人五十嵐与吉の上告理由第一点および第三点について。

上告人の本訴請求は、被上告銀行祐天寺支店長は昭和二五年一一月九日同支店を支払人として金額百万円の持参人払式一般線引小切手一通を訴外加藤れん子、渋谷芳五郎両名のために振出し、上告人は右振出を受けた両名からその小切手の交付譲渡を受けて所持人となつたところ、同月一〇日訴外川上輝雄等にこれを盗取され、呈示期間の徒過による手続欠缺により小切手上の権利は消滅に帰した。被上告銀行はかねて右訴外人両名から預つていた合計百万円の預金の払戻に代えて右小切手を振出したもので、右振出により被上告銀行の右両名に対する預金債務は小切手に組入れられた金額の限度において消滅したものであり、同額の利益を得ているから、その利得の償還を求めるというにあること、原判決の引用した第一審判決事実摘示によつて明らかである。

これに対し、原判決は、第一審判決理由をも引用しその趣意多少分明でないところもあるが、原審の自ら附加して説示するところによれば「利益償還請求権は失権当時小切手の所持人として小切手上の権利を行使し得た者に対してのみ与えられるべきものであつて、その当時小切手上の権利を行使し得なかつた者に対してはこれを与うべからざるものであり、そのことは小切手法七二条の規定上においても明らかなところである。従つて本件において、本件小切手の所持人たる控訴人(上告人)が呈示期間経過前にこれを盗取せられ且右小切手の無効を宣言した除権判決をも得なかつた以上、右呈示期間満了当時において、本件小切手上の権利を行使し得なかつた訳であるから、控訴人は右小切手の呈示期間の徒過により本訴利益償還請求権を有し得ないものと言うべきである」とするものであり、ひつきよう失権当時、小切手の現実の所持がなく、除権判決も得ていなかつた事実により、利得償還請求権を取得し得ないものとして、上告人の請求を排斥した趣旨と解せざるを得ない。

しかしながら、小切手法七二条の規定するいわゆる利得償還請求権は、小切手の所持人が手続の欠缺もしくは時効により、本来正当に有していた小切手上の権利を喪失した事実があるに拘わらず、他方同条に定める振出人その他の者が対価を得て利得している事態を衡平に合しないものとし、その間の衡平を図るため特に認められた権利であつて、小切手上の権利と異なり小切手の所持をもつて権利取得の直接の理由とするものではない。本来小切手の正当な所持人として小切手上の権利を行使し得べかりし者が、たまたま小切手を盗取せられ、失権当時、小切手の現実の所持を有せず、もしくは逸早く除権判決を得ていなかつたとしても、もしその間他の第三者においてその小切手上の権利を取得するに至らず、被盗取者において依然実質上の権利者たることを失つていなかつたものとすれば、振出人等に利得の存する限り、その間の衡平を図る必要がないものとは即断し得ないものというべく、もしかかる場合であるとすれば、右被盗取者が、失権当時、小切手の現実の所持を有せず、もしくは除権判決を得ていなかつたとしても、その一事によつて直ちにその利得償還請求権の取得を否定し得ないものといわなければならない。

してみれば原判決が、小切手の所持人たる上告人がその小切手を盗取せられた本件の場合について、単に失権当時小切手の現実の所持を有せず、除権判決も得ていなかつたとの一事のみによつて、直ちに利得償還請求権を取得し得ないと断定して上告人の請求を排斥したのは、右法条の解釈適用を誤つたか、もしくは理由不備の違法あるに帰するものであつて、この点の論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつてその余の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋潔 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己)

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